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地球上で無音空間を作れるのか?
2026/01/29


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「地球上で無音空間を作れるのか」ということを考えたことがあるでしょうか? このテーマを紐解くために、まずは ”(仮)世界一静かな空間” から探っていきます。
ギネス世界記録が示す“静けさ”を音響工学的に読み解く
ギネス世界記録の公式説明
ギネス世界記録によれば、地球上で最も静かな場所は、米国ミネソタ州ミネアポリスにある Orfield Laboratories の無響試験室です。2021年11月19日に実施された試験において、この室内の環境騒音レベルは −24.9 dB(A) と評価されました。
The quietest place on Earth is the anechoic test chamber at Orfield Laboratories in Minneapolis, Minnesota, USA. In tests conducted on 19 November 2021, the ambient sound level inside the room was measured at -24.9 decibels. (出典:Guinness World Records – https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/quietest-place)
ここで示されている dB(A) は、A特性(A-weighted)による騒音レベルであり、人間の聴覚特性を考慮した評価指標です。
−24.9 dB(A) は直接測定された値なのか
公式文を詳しく読むと、この無響室の環境騒音レベルは、最先端の科学計測機器でさえ、そのノイズフロア(電気的ヒスノイズ)を下回ると明記されています。これは、一般的なマイクロフォンや騒音計を用いて、A特性でそのまま数値を読み取れる範囲を超えていることを意味します。
実際の測定では、2本の低雑音マイクロフォンを用い、それぞれに独立したプリアンプを接続した測定系が構成されているとあります。電気的ノイズはランダムであるため、2つのチャンネル間で相関を持たない一方、室内空間に由来する音圧変動は両マイクに共通して現れます。この性質を利用し、両信号の相互相関(クロスコリレーション)処理を行うことで、測定系固有のノイズ成分を統計的に低減し、その結果を A特性で評価 した値が −24.9 dB(A) として算出されています。
したがって、−24.9 dB(A) はマイク出力を直接読み取った測定値ではなく、測定可能なデータを基に解析・換算された評価結果です。
ギネス世界記録が認定しているもの/していないもの
ここで重要なのは、ギネス世界記録が何を認定し、何を認定していないのかを正しく区別することです。
ギネスが認定しているもの
- 記録が定められたルールに従って成立していること
- 特定条件下における最小値として成立していること
- 規定された測定・解析手法に沿って達成されたこと
ギネスが認定していないもの
- 音響理論そのものの正当性
- 測定限界に関する学術的妥当性
- −24.9 dB(A) という値が持つ物理的意味の是非
つまりギネスが認定しているのは、「A特性評価において世界一静か」という称号の成立であり、「−24.9 dB(A) が物理的に直接測定可能である」ことの学術的保証をしているのではありません。
−24.9 dB(A) を音圧(Pa)に換算すると
A特性は周波数補正を伴う評価指標ですが、参考として等価音圧に換算しますと、以下のようになります。
−24.9 dB(A) ≒ 約 1.1 µPa(等価音圧)
約 1.1 µPa(A特性評価)は現実世界で何を意味するのか
1.1 µPa という等価音圧は、人の可聴下限(0 dB SPL=20 µPa)の 約1/18 に相当します。健常な人間の聴覚では、完全に認識不可能なレベルです。
さらに物理的に見ますと、室温・大気圧下では空気分子は常に熱運動をしており、その結果として生じる微小な圧力ゆらぎ(熱雑音)は µPa オーダー に達します。約 1.1 µPa という値は、こうした分子運動による揺らぎと同程度であり、空気が存在する限り避けられない背景ノイズの中に埋もれる領域に相当します。
つまり −24.9 dB(A) は、何か具体的な音源が発している「音」を示しているのではなく、極限的に静かな環境を 人の聴感に基づいて数値化した評価指標 です。
結論:−24.9 dB(A) は「無音」ではない
−24.9 dB(A) という数値は、「無音が存在する」ことを示すものではありません。それは、無響室という極限環境において、測定限界を超える静寂を、A特性評価という形で解析・算出した結果です。
音環境を正しく理解するために重要なのは、数値の大小そのものではなく、A特性という評価指標で、どのような前提条件・測定方法・解析手法によって得られた値なのかを理解することです。「無音は存在するのか」という問いに対する現実的な答えは、この前提を踏まえた先に見えてきます。
音響工学的な「無音」の定義
音響工学的に「無音」とは、音圧が完全にゼロ、すなわち 0 Pa の状態を指すともいえます。音は空気などの媒質に生じる圧力変動であるため、圧力変動が一切存在しない状態は、理論上「音が存在しない」状態と言えます。
しかし、地球上で音圧 0 Pa の状態を作り出すことは現実的に不可能です。その理由は、空気が存在する限り、圧力が完全に静止することはないからです。
真空装置で無音は作れるのか?
では、無音が音圧 0 Pa を意味するのであれば、「空気そのものを取り除き、真空状態を作れば無音が実現できるのではないか」という疑問が自然に生じます。確かに、音は媒質を必要とする現象であるため、理論上は完全な真空中では音は伝わりません。
しかし、結論から言えば、地球上で完全真空を作り出し、かつそれを維持することは不可能です。
1. 完全な分子の除去は不可能
真空装置によって作られる空間は、あくまで「減圧状態」であり、完全に分子が存在しない状態ではありません。どれほど高性能な真空ポンプを用いても、材料表面からのガス放出(アウトガス)や外部からの微小なリークにより、装置内部には必ず残留ガス分子が存在します。
2. 分子がある限り圧力(音)はある
超高真空領域においても、分子の数は極端に少ないだけでゼロではありません。分子が存在する限り、そこには必ず圧力と、その微小な揺らぎが存在します。すなわち、音圧 0 Pa という状態は理論的にも現実的にも成立しません。
3. 装置自体が振動源となる
さらに重要なのは、真空装置そのものが振動やノイズの発生源であるという点です。真空ポンプの動作や地盤振動などが装置構造体に伝わり、それが壁面や内部構造を通じて振動として存在します。仮に空気中の音が遮断されていても、構造伝搬音や振動エネルギーは残ります。
4. 人の生存と測定の限界
加えて、人間や測定機器が存在できる環境という制約もあります。完全真空では人は生存できず、測定機器も通常の状態では動作しません。そのため、「人が存在し、音を議論できる空間」としての音環境は、真空では成立しません。
以上の理由から、真空装置を用いたとしても、地球上において「無音=0 Pa」を現実の空間として実現することはできません。無音はあくまで理論上の概念であり、現実の音環境では、常に何らかの圧力変動や振動が存在します。
まとめ
本記事のタイトルである「地球上で無音空間を作れるのか?」という問いに対しては、現時点では作ることはできません。 しかし、「無音の空間に近づけることはできる」といえるでしょう。
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