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【連載2/3】 音響屋が「測らない」と決めた夜
— シューゲイザーとは何か —
2026/02/26


- 無響室・防音室のソノーラ
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- 【連載2/3】 音響屋が「測らない」と決めた夜
— ノイズは、なぜ音楽として成立してしまうのか —
第1回では、My Bloody Valentineのライブで、音響屋として「測らない」と決めた夜の体験について書きました。
今回はそこから一歩引いて、解説寄りの視点で整理してみたいと思います。
テーマは二つです。
シューゲイザーとは何なのか。
そして、なぜあのノイズが音楽として成立してしまうのか。
シューゲイザーという音楽の向き
シューゲイザー(Shoegaze)という呼び名は、演奏中に足元(Shoe)のエフェクターボードを見つめているということから生まれた、という説明がよくなされます。
確かに、シューゲイザーバンドの1990年代初頭のライブ映像を見れば、その説明があながち的外れではなかったことも分かります。
ただし、少なくとも現在のMy Bloody Valentineには、必ずしも当てはまりません。
Kevin Shieldsの機材には、常識的なギターのエフェクターボードのスケールを完全に逸脱した、極めて多数のエフェクターが並んでいます。
ファズ、ディストーション、ピッチシフター、リバース系を含む複数のディレイ、モジュレーション、EQ、ボリューム制御。さらにギターアンプが7台位…(語ると記事が途轍もなくなるので、割愛させてください)
それらは、単体で使われることを前提にしていません。
重要なのは、これらがスイッチングシステムによって一括制御されている点です。
そのため、このスイッチングシステムに不具合が起きてしまうと制御不能となり、曲に必要な音色を呼び出せない事態となります。
2026.02.09@東京ガーデンシアターのライブでは、曲間でKevin Shieldsが「F__king switching system」みたいなことをゴニョゴニョ言っていたのはこのことからだと思われます。
その光景を見て私は「あーわかるわー」と思いました。
ともあれ前述した通り、複数のエフェクトが同時に切り替わり、音色は「操作」ではなく、「状態」として呼び出されます。
その結果、演奏中に足元を見つめ続ける必要はありません。
それでもなお、出てくる音は、かつてのシューゲイザー像よりも、はるかに不安定で、はるかに制御されています。
音響屋の立場から見ると、シューゲイザーの本質は、視線の向きではなく、音の向きにあります。
このジャンルでは、音が「どこから来ているのか」が、意図的に曖昧にされます。
ギター、ボーカル、リズム隊といった役割分担は残っているものの、それぞれの音は、明確な位置を主張しません。
結果として生まれるのは、音像定位が成立しない音楽です。
音響的に見ると「避けたい状態」
通常の音楽制作やPAでは、
- 音像は明確であるほうがよい
- 明瞭度は高いほうがよい
- 各パートは分離しているほうがよい
といった前提で設計が行われます。
ところが、シューゲイザーはこれらを次々に裏切ります。
- 原音と反射音の境界が曖昧
- 位相の揺れが常態化している
- 倍音成分が支配的で、基音が見えにくい
音響屋的に言えば、「できれば避けたい状態」が、意図的につくられている音楽です。
ノイズは「敵」か、それとも材料か
私の仕事において、ノイズは基本的に敵です。
測定を妨げ、評価を曇らせ、再現性を失わせる存在です。
しかし、シューゲイザーでは違います。
ノイズは排除される対象ではなく、音楽を成立させるための材料として扱われています。
重要なのは、ノイズが無秩序に鳴っているわけではない、という点です。
歪みの量、モジュレーションの深さ、フィードバックの位置。
これらはすべて、「どこまで崩してよいか」を理解したうえで制御されています。
ライブの極端な例:Holocaustセクション
この考え方が、最も極端な形で現れるのが、My Bloody Valentineの「You Made Me Realise」です。
この曲はライブにおいて、後半でリズムやコード進行といった通常の楽曲構造を解体しつつ、演奏そのものは続いたまま、数分間にわたって強烈なノイズが空間を支配するセクションへと移行することで知られています。
ライブ映像を見ることはできますが、正直に言えば、あの空間は体感しないと分かりません。
ファンのあいだでは、この曲後半のノイズ・パートを「Holocaust セクション」と呼ぶことがあります。
なお、この呼称は公式な名称ではなく、長年にわたってファンやリスナーの間で慣習的に使われてきた通称です。
多くの人は、あの時間を「とにかく爆音だった」と表現します。
しかし、音響屋の視点では、あれは単なる音圧レベルの問題ではありません。
あの音は「音の壁」ではなく、「流体」として感じられる音です。
ホワイトノイズとピンクノイズの重なり
技術的な前提を、できるだけ簡単に整理します。
| ホワイトノイズ | 波数あたりのエネルギーが一定で、高域が強く感じられる。 聴感上は「刺さる」「痛い」方向の音です。 |
|---|---|
| ピンクノイズ | オクターブあたりのエネルギーが一定で、低域の存在感が強い。 人の聴感に近く、「重い」「圧がある」と感じられます。 |
My Bloody Valentineのノイズは、この二つが同時に、複雑にレイヤーされた状態にあります。
低域:身体を揺らす圧力
Holocaustセクションで支配的なのは、まず低域です。
- ジェットエンジンのような連続音
- 明確なピッチを持たない
- ピンクノイズ的なエネルギー分布
特に 50〜80 Hz付近の成分は、胸郭や腹部といった身体の共振帯域を強く刺激します。
結果として、音は「聴く」より先に、身体が反応する現象になります。
高域:感覚を削る成分
同時に存在しているのが、高域です。
- ギターのフィードバック
- 強烈な倍音成分
- ホワイトノイズ的な分布
これは聴覚の痛覚に近い領域を刺激し、注意や防御反応を強制的に引き出します。
低域が身体を揺らし、高域が感覚を削る。
この同時進行が、逃げ場のない音場をつくります。
極端な音圧と、安全基準という現実
Holocaustセクションで発生していた音圧は、体感や状況から見て、およそ120dB程度に達していたと推定されます。
このレベルの音圧に7分間(東京ガーデンシアターの公演では5分弱?)さらされることは、労働安全衛生法やNIOSHの曝露基準を大きく超えています。
そのため、この種の公演では、耳栓の配布が行われるケースがあります。
今回の公演でも、実際に会場で耳栓が配られていました。
これは演出ではなく、安全対策としてほぼ必須の措置です。
音屋として、聴覚保護具をどう考えるか
音響屋の立場として、ここは明確にしておきたい点があります。
このレベルの音圧下では、聴覚保護具(イヤープロテクター)の使用は必須です。
聴覚は一度損傷すると、元には戻りません。
しかし興味深いのは、耳を保護してもなお、My Bloody Valentineの体験が失われないという点です。
それでも「体験」は残る
十分な減衰量を持つ耳栓やイヤープロテクターを装着しても、Holocaustセクションの体験は消えません。
なぜなら、あの音楽体験は鼓膜だけで成立していないからです。
- 骨伝導
- 皮膚を通じた振動
- 内臓や骨格の共振
音は、身体全体で知覚されます。
耳を守ってもなお感じられる、あの圧力、あの密度、あの侵入感。
それこそが、My Bloody Valentineのライブ体験の本質です。
「遮断」と「貫通」という対比
ここで、自分の仕事の話と重なります。
私たちが扱っている無響室や防音室は、音を遮断する空間です。
外界から音を切り離し、測定や評価を可能にするための場所です。
一方で、My Bloody Valentineのライブは真逆です。
- 音を遮断するのではなく
- 音に貫通される体験
音を制御し、遮る仕事をしている人間が、音に制御され、貫かれる。
この対比こそが、私にとってあの夜が特別だった理由のひとつでした。
第3回に向けて
次回は、My Bloody Valentineの代表作『Loveless』に収録されている
「When You Sleep」を題材に、
- どんな音が重なっているのか
- 中域はどう扱われているのか
- エフェクトは何をしているのか
を、もう一段踏み込んで分解してみたいと思います。
ギタリストとして、そして音響屋として。
——第3回へ続きます。
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