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竜の鳴き声が聞こえるお寺 “鳴竜”の話
2025/05/28
- 無響室・防音室のソノーラ
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「天井に描かれた竜の頭の真下で拍子木をたたくと、竜が鳴く」
そんな幻想的な現象を日光東照宮の「薬師堂・鳴竜」で体験してきました。
だが、これはただの伝説ではない。建築と音響が生んだ奇跡であり、そして一度は失われ、科学の力によって蘇った「音の文化財」でもあります。
・・・三猿や眠り猫、伝統の彫技、家康の墓。
筆者は薄っぺらい知識で、何も予習などせずに日光東照宮へ足を運んだ。
敷地内をある程度見終わったとき、脇の方に人だかりができていた。
眠り猫のある場所も、写真を撮ってやろうと人だかりができていたが、さらに倍近くの人数だ。
どうやらそこは薬師堂というところで、並んでまで観たい何かがあるらしい。
気になって、私も列に加わった。
看板に書かれていた文字は「鳴竜」。
他の建造物が「神社」の類だとして、この薬師堂は「寺」らしい。
係員が「拍手はするな」という旨を呼び掛けていた。
ディズニーランドのアトラクションのように、グループ単位で堂内へと案内されていく。一度に50人ほどの交代制。
待っている間に、壁一枚隔てた向こうから「カーン、カーン」と拍子木の音が聞こえてくる。
「えっこれが目的なのか…?」
ただ音が響いているだけに思えた。
それなら残響室でも体験している。少しばかり期待は薄れた。
そして自分たちの番がきた。
堂内に入ると、この本堂と、天井に描かれた竜について和尚が説明をする。
そしてその竜の頭の真下で拍子木を打つと、竜の鳴き声が聞こえるのだと。
実演が始まった。
拍子木が「カーン、カーン」と鳴る。
その瞬間だった。
「キュイーーーーン……」と、堂内に余韻が残った。
観衆からは「おおおーーー!」という感嘆の声。
私もその一人だった。
竜の鳴き声なんて、誰が聞いたことがあるだろうか。
でも、もし竜というものが本当にいて、鳴くなら、たぶんこんな声なのだろう。
私は不意に、ポケモンのレックウザが頭をよぎった。
和尚は、さっきの位置から一歩だけ外れた場所で拍子木を打つ。
結果は明確だった。
ただ「カーン、カーン」と響くだけ。
なぜ、あの一点だけで起こる現象なのか。
天井に、ミキサーのような特別な装置でも仕込まれているのか?
リアルタイムでSEを流すスタッフが控えているのか?
そんなわけないよなあと自分で思いながらも、仕組みを理解しようと考え続けた。竜が空を登っていくようにぐるぐると回り続けた。
帰りの車で、鳴竜について調べ、この記事を書くことに決めた。
薬師堂とは?
日光東照宮の「本地堂」は、かつて徳川家康の本地仏・薬師如来を祀るための堂宇だったことから、通称「薬師堂」とも呼ばれていました。
天井には、狩野派の絵師・狩野永真安信による大きな龍の絵が描かれており、その真下で音を立てると、まるで竜が鳴くような残響音が返ってくる。
この現象が「鳴竜(なきりゅう)」として知られるようになったのです。
ちなみに、この「鳴竜」の現象が初めて知られたのは明治時代。
それ以前には記録が見当たらず、「偶然の発見」だったといわれています。
一度は失われた竜の声
ところが、昭和36年(1961年)、薬師堂は火災により全焼。
天井画も、あの幻想的な音響空間も、すべてが灰になりました。
「もう一度、あの声を聴きたい」
そう願った栃木県当局と研究者たちは、1963年から5カ年計画での復元プロジェクトをスタート。
そして、科学と工学、そして過去の記録と録音を頼りに、かつての音の正体を解き明かしていくのです。
鳴くのは、なぜ“そこ”だけ?
鳴竜が響くのは、なぜ竜の頭の真下だけなのか?
それには、音の反射と収束(=音響フォーカス効果)が関係しています。
- 1. 天井はごくわずかに上にふくらんでいて(むくり)、曲面状になっている
- 2. 床は硬くて平らな漆塗りで、反射率が高い
- 3. 周囲の壁は格子で、音が逃げる設計=余計な反射が少ない
- 4. すると、上下だけで音が往復反射するようになり、
- 5. さらに天井の“むくり”が音を中心に集めるレンズのような役割を果たす。
結果、ちょうど竜の頭の真下に立つと、音が集中的に返ってきて「キュイーン…」と聞こえるのです。これは空間が“音をフォーカス”する現象で、音響的には焦点集中型の定在波的残響といってもいいかもしれません。
模型と実験で“あの音”を取り戻す
研究者たちは、1/4スケールの模型を作って、
- 天井の「むくり」の角度
- 床との距離
- 音を鳴らす位置
- 音源サイズ(人間の肩幅やスピーカーの口径)
などを細かく調整して検証しました。
結果
- むくりを3寸(約9cm)にしたとき、最も長く、心地よい“鳴竜”が再現できた。
- 音源が天井中央からわずかにずれていた方が、より長く波打ちながら鳴く
つまり、あの「鳴竜」の音は、建築・素材・寸法・拍子木をたたく位置
すべての条件が偶然ではなく、「奇跡の構成要素」として響き合っていたのです。
終わりに
竜の声が響くのは、科学的な説明がつく現象でありながら、
どこか神秘的な感覚を私たちにもたらします。
「建築とは、見上げるものではなく、“聴く”ものでもある」
そんな考え方が、鳴竜から始まるかもしれません。
関連資料・図版
- 日光東照宮 薬師堂(鳴き竜)断面音響図
- 石井聖光・平野興彦『本地堂の“鳴き竜”復元に関する研究』(1965)
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